tokuchan-worldのブログ

外国ってこんなとこ〜

第91話 ベルギー王国

ヘット・ステーン要塞 (ベルギー  アントワープ)

 

[1997年6月 ベルギー]

 

 そんな SABENA で無事ブリュッセルに到着。ヨーロッパの国々はどんなに小さく、人口が数百万人であっても、デンマーク語、ポルトガル語オランダ語等々自国名の言語を持っている所が多いが、ベルギーは自国名の言語を持たない数少ない国の一つだ。地方によりフランス語、オランダ語、ドイツ語が話されている。

 

 目的地はアントワープであるが、代理店の人が車で迎えに来てくれた。ブリュッセルまでは40kmほどの距離だ。国土面積は日本のわずか8%ほどで、岐阜県、長野県、群馬県の3県を合わせたくらい。

 

 ビール、チョコレート、ワッフル、世界三大がっかりの一つ小便小僧が有名だ。

 

第90話 SABENA (サベナ = ベルギー航空)

ベルギー アントワープ市庁舎

 

[1997年6月 スイス  チューリッヒ => ベルギー  ブリュッセル]

 

 チューリッヒからの搭乗便はベルギー航空、通称 SABENA (サベナ)。ドイツで今回の出張の予定を話していた時、サベナに乗るよと言ったところ、そんな危なっかしい飛行機に乗るのか!? サベナの意味を知っているのか? と言う。

 

 Such A Bad Equipment Never Again (こんな酷い飛行機二度と乗るもんか の意)の頭文字だぞ。ハハハ、大笑いだ。よくもまぁこんな酷い語呂合わせを考えたものだ。欧州では有名なジョークらしい。実際に乗ってみるとなんてことはない、普通の飛行機だった。

 

 現地の言葉では、Société Anonyme Belge d'Exploitation de la Navigation Aérienne"(ベルギー航空航法サービス会社)。残念ながら2001年に経営破綻したそうだ。もう乗りたくても乗れない、本当に Never Againになってしまった。

 

第89話 モンブラン (Mont-Blanc)

フランス アルプス (中央の突起がモンブラン?)

 

[1997年6月 バルセロナ => ベルギー  ブリュッセル]

 

 バルセロナの次は、ベルギーのアントワープへ移動。往路同様チューリッヒを経由する。そこでベルギーの首都ブリュッセル行きに乗り継ぐ。

 

 チューリッヒからバルセロナへの往路では、レマン湖を見ることができた。今度は何が見られるのだろうと窓の外を見ていると、隣に座っていた男性が窓の外を指差し「あそこにモンブランが見えているよ」と教えてくれた。フランス語で“白い山”という意味だ。下界のアルプスはそのどれもが頂きに白い雪をかぶっている。

 

 モンブランは、海抜 4,810mの西ヨーロッパ最高峰ではあるが、富士山のような独立峰ではないのでどれなのかよく分からない。一応 おぉ、ありがとうと返事をしてその辺りの写真を撮った。帰ってからよく見てみるとそれらしき山が小さく写っていた。

 

第88話 サッカー王国

バルセロナ旧市街地 ゴシック地区

 

[1997年6月 スペイン  バルセロナ]

 

 アイルランドの項 (第45話) でも書いたが、欧州はサッカーが一番の人気スポーツだ。ましてやスペイン、バルセロナ、世界屈指のクラブチーム FCバルセロナの地元である。ご多分にもれず トニは大のサッカーファン、バルサファン。

 

 試合のある日、車での移動中はラジオでサッカー中継がかかる。当然ながらスペイン語での放送、何を言っているかまったく分からない。が、彼の仕草で情勢が分かる。バルサが攻めると上機嫌、劣勢になるとハンドルを叩いたり大声で何やら叫んでいる。彼の運転は普段から荒っぽいのだが、この時はさらに荒くなり危なっかしくてしょうがない。

 

 そして車は、彼の友人たちであるバルサのサポーターが待つ1軒のバーに到着。試合が終わるまで付き合えと。彼の友達もこちらを見て、どこから来た? バルサのサポーターか?と言うが…   いやぁサッカーはよく知らないんです。

 

 相手がどこだったのか、結果がどうだったのか全く覚えていない。とにかく賑やかだった。まさに情熱の国。ラテンのノリなのか陽気で誰とでもすぐに友達になる。

 

 お気に入りの街がまたひとつ増えた。

 

第87話 サルダーナ

大聖堂とサルダーナを踊る人たち

 

[1997年6月 スペイン  バルセロナ]

 

 土曜日の夕食後 旧市街地へ。夕食後とは前項で記した通り夕食が遅い時間なのでかなり遅い時間帯。14世紀に建設された城塞を起源とした石畳の街並みが続く。そのいたる所にストリートパフォーマーがいるのだが、ロックやポップス系はいなかったと記憶する。スパニッシュギターやクラシック系が多く街並みに合わせたかのように静かな曲が多い。

 

 そんな中でひときわ印象深かったのが、サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂 (La Catedral de la Santa Creu I Santa Eulàlia)の前で演奏されていたサルダーナと呼ばれる音楽だ。サルダーナという言葉は帰国後に知った。ストリートパフォーマーとは呼び難い大集団、楽団だ。

 

 ひな壇の上で10-15人位が楽器を演奏し、その前では老若男女が大勢で手をつなぎ輪になって踊っている。夜の11時頃だったので暗くてよく見えなかったが、クラリネットを小さくしたような楽器が主旋律を奏でている。その独特の音色のマイナー音階の曲調が哀愁を漂わせ、大聖堂前の広場に響き渡る。雅楽に使われる篳篥(ひちりき)に似たような音かな!? 踊っている人たちは笑顔で楽しんでいる。カタロニア地方の伝統的な舞踊で、土曜の夜の恒例らしい。

 

 この音が耳から離れず帰国後すぐにこの音源を探し、CDを手に入れた。後日トニにこのことを話すと わざわざCDを送ってくれた。ありがとうトニ!

 

第86話 スペイン料理

カサミラ,  バルセロナ

 

[1997年6月 スペイン  バルセロナ]

 

 スペインの食事は日本人の口に合うのではないだろうか? 代表料理はやはりパエリャ(paella)。地中海の幸をふんだんに使っている。中学生の時の先生は、西洋ではイカやタコは食べないと言っていたが、そんなことはない。魚介類、エビはもちろんのことイカや時にはタコも入っている。

 

 エビ、日本の鍋料理などにも入っているが日本人は熱い熱いと言いながら手でその殻を剥いでいく。こちらでは手は使わずナイフとフォークで上手に裸にする。これは見事だ。丁寧に教えてもらったお陰で、今では現地人のように出来るようになった… と思う。

 

 ちなみにこのエビはスペイン語(カタロニア語?)でガンバと言うそうだ。大阪のプロサッカーチームは、ガンバと言うんだよ。

 

 食事の習慣で変わっているのが、その時間帯だ。企業などの昼食は午後2−3時頃から1時間ほど。我々のように海外からの来客などがあると気を使ってくれているのだろう、ゆっくりと2時間位取ってくれることもある。少し遅めの3時から昼食が始まり、2時間かかると5時。さぁ午後の打ち合わせをしようか。って… もう5時ですよ!?!? 日本ならそろそろ終業、帰宅時だ。レストランも5時頃に昼食時の営業が終われば、一旦店を閉めて夜の時間に備える。夕食用に店が営業を再開するのは早くて8時。店によっては9時開店のところもある。9時から夕食となると、お酒も入るのでゆっくりと2-3時間は要する。終わるのは夜中の12時前後だ。これに慣れるまでには少し時間がかかりそうだ。

 

 もう一つ食べ物に関して馴染めないものがあった。クレマカタラーナというデザートだ。カスタードの上にパリパリしたカラメルが乗っている直径10cm,厚さ1-2cmほどのカタルーニャ地方のケーキである。話の種にと一口二口食べてみたが、とてつもなく甘い! これは口に合わない。トニは、甘いものはダメか、いいから残しておけと笑っていた。甘いものではなく、甘過ぎる! 何でも食べる方だが、これは今でも食べられない。

 

第85話 バルセロナ オリンピック聖火台

グエル公園からバルセロナ市内、地中海を望む

 

[1997年6月 スペイン  バルセロナ]

 

 1992年に開催された夏季オリンピックバルセロナ大会。聖火の点火を覚えているだろうか?  元アーチェリー選手が弓矢を用いて聖火を聖火台まで飛ばすというものである。聖火のついた矢が聖火台の上を通過した時点で点火されるという演出であった。これは五輪史上もっとも劇的で美しいとの呼び声が高かったそうだ。

 

 この競技場へ行き聖火台を見たが、よくもこんなところへ火を飛ばしたものだとびっくりした。火のついた矢は競技場を飛び出し外へ。競技場の周りは一般道になっていて道路を挟んで競技場の反対側は林だ。火のついた矢はそこへ落ちたらしい。

 

 これは当然ながら予測されていたことであって、当時道路は通行止め、消防車が数台待機していたらしい。競技場の中の華やか なおめでたい雰囲気とは違い、外ではこの瞬間が終わるまで非常に緊張、緊迫した状態だったそうだ。

外国のやることはスケールがでかい! 日本の消防署なら許可しないだろう。

 

消防士のみなさんのお陰で世界のスポーツの祭典が華やかに幕を開けたんですね。

Muchas Gracias.