tokuchan-worldのブログ

外国ってこんなとこ〜

第200話 ジャンベの故郷

路上でジャンベの演奏と踊りが始まる (ギニア コナクリ)

 

[2009年6月 ギニア コナクリ]

 

 少し早めに仕事が終わった日、といっても日本に比べりゃ毎日早いが。街を歩いていると住宅街の道に子供達が集まり始めた。何が始まるのかと見ていると、西アフリカを代表する太鼓 ジャンベを持った若者が数人やって来てその演奏が始まった。それに合わせて子供達が踊り始める。メロディー楽器はない。太鼓のリズムだけで身体を動かしている。大地の鼓動ここにあり。

 

 自身もドラムを演っているので打楽器やリズムには興味がある。黒人のリズム感は定評がある。こうやって小さな頃からリズムに合わせて身体を動かしていると知らず知らず身につくものなのか!?  習うより慣れよのお手本だ。

 

 何が決まっているわけでもなさそうだ。みんな好き勝手に演奏して好き勝手に踊っている。みんな笑顔で楽しそうだった。音楽の原点を見たような気がした。

 

第199話 文部大臣

ギニア クルサの市場

 

[2009年6月 ギニア コナクリ]

 

 クルサ訪問後首都コナクリへ戻り、OS氏のお兄さん宅を訪問する。文部大臣である。非常に穏やかな人で、何か得るものはありましたか? 今後両国の利益になるような仕事がうまく進むといいですね、などと話しながらもやはりギニアの要人、国のことを真剣に考えておられるようす。

 

 ギニアには地下資源がたくさんあるのに政府がバカだから一向に国の利益にはなっていない。アルミニウムの原料であるボーキサイトは全世界の三分の一の埋蔵量、ギニアの輸出の40%を占める金、ダイヤモンドや鉄鉱石の鉱床など数多くの資源があるが開発が遅れている。これは、政府が変わる度に過去の政策などがすべて白紙に戻り、せっかく進みかけていたこともまた元に戻る… の繰り返しだからだ。これでは国が発展するはずもない、なんとかしないと、と嘆いておられた。

 先にも書いたが、この訪問の半年ほど後に、大統領暗殺未遂事件が起き、その後もクーデターや紛争が繰り返されている。

 

 お兄さんと話をしている時に、クルサヘ同行してくれた赤いベレー帽の軍人が我々のいる応接室へ入って来た。お兄さんの横で何やら声をかけられているのを直立不動の姿勢で聞いている。現地の言葉なので何を話していたのか分からない。後で聞くと同行してくれてありがとうと労をねぎらっておられたようだ。話が終わると、お兄さんに向かってサッと敬礼、回れ右をして部屋を出て行った。その一挙手一投足は軍人そのものだった。助手席にふんぞり返り、検問所では威厳を示していたがここでは全くの別人だ。お兄さんの権力が分かるというものだ。

 

第198話 きのこの山

ギニア クルサ近郊の村

 

[2009年6月 ギニア クルサ]

 

 コナクリを朝5時に出発したが太陽はすでに空高く上っている。車窓に見える景色もずいぶんと変わりアフリカにいることを実感できるようになってきた。開けた土地に“きのこの山”のような家々が点在する。土や草、時には牛のフンを混ぜたものを壁にして丸く囲い、屋根にはわらをのせるといった簡単なもの。アフリカの伝統的な家だ。

 

 家の周りでは牛や鶏などが放し飼いされている。その数も半端ではない。時々牛の群れが道路を悠々と渡り車が止めらる。人間にも慣れているのか クラクションを鳴らしても避けようとしないものもいる。そんな時 運転手も業を煮やして時々牛に車をぶつける。大丈夫か?と言っても笑って運転を続ける。

 

 目的の村に到着。先ほど見たのと同じようなきのこの山の集落で、家畜もいる。車から降りるとすぐ横を大きな牛がゆっくりと通り過ぎ、足元では鶏がせわしなく動いている。子供たちも遊んでいるが、小さな子供の中には何も身につけていない子もいる。すっぽんぽんだ。ここでも村長さんにあいさつをする。ガーナのような格式張ったものではなかったが、広場にたくさんの椅子が用意され、たくさんの村人も座っていた。赤ん坊を抱いた女性もいる。珍しい我々外国人を見たかっただけなのかも?

 

第197話 赤い帽子と緑の帽子

 

同乗してくれた赤いベレー帽の軍人 (ギニア クルサ)

 

[2009年6月 ギニア コナクリ => クルサ]

 

 ギニア三日目は金の採掘場があるクルサ (Kouroussa)へ向かう。三菱パジェロに八人が乗り込み500km以上を走るというのだ。助手席に座るのは少し位の高い軍人。先にも記した通り軍事政権国家、いたる所に検問所があり移動する車を調べる。どこへ何をしに行くだのと質問される。ましてや外国人が乗っていると、パスポートを見せろだのと余計に時間がかかる。一回止められると短くても30分はかかるという。

 

 この検問所を仕切っているのは軍隊で、現場は位の低い軍人達の仕事だ。軍人が同乗していると無条件で通過させてくれるというのだ。彼らより位が上なら尚更だ。

 

 検問所には緑のベレー帽をかぶった若い軍人、こちらの助手席には赤いベレー帽の男。検問所には踏切の遮断機のようなものが降りている。ここに近づくと車は速度を落とす。普通はここで止まれとなるのだが、緑の帽子の男たちが助手席の赤い帽子を見ると、敬礼して即座に遮断機を上げる。クルサまでに検問所は何ヶ所かあったがすべてお咎めなしのノンストップ。ん~ なかなか気持ちのいいものだ。

 

第196話 キャンプ! キャンプ!

街のどこにでも軍人が (ギニア コナクリ)

 

[2009年6月 ギニア  コナクリ]

 

 ギニアを訪れたのも金の採掘権に関する情報収集が第一目的。もちろん商品取引の可能性も調査するのだが。ガーナ同様在ギニア日本大使館を訪問する。ガーナは立派な建物が二重の門で守られ、外部とは完全に遮断された空間だった。が、ここギニアは古びたビルで守衛さんに来訪の意を伝えると、どうぞ と簡単に室内に入ることができた。

 

 訪問後市内を車で走る。いつも通り珍しいものがあれば何でも写真を撮るつもりなのでカメラは離さない。海岸沿いを走ると、魚市場 (と言っても道路脇に何かを敷いて魚を並べているだけだが)があった。見たこともないような大きな魚が所狭しと並んでいる。後ろには大西洋の大海原が広がっている。

 

 写真を撮ろうと車の窓からカメラを出すと、OS氏の弟が “キャンプ! キャンプ!” と叫んでカメラを隠せと言う。魚市場の後ろは海岸線が湾曲していてその遠く先に軍のキャンプ地が見えている。これが写り込めばとんでもないことになるので撮影はするなということだった。

 

 ここは軍事政権国家、要注意だ。この訪問の半年ほど後に、大統領暗殺未遂事件が起き、その後もクーデターや紛争が繰り返されている。

 

第195話 大金持ち!?

約 ¥80,000分のギニア フラン

 

[2009年6月 ギニア  コナクリ]

 

 到着の翌日の午後、現地通貨へ両替する為 銀行へ行った。大勢の人で溢れかえっている。よく見ていると銀行に用事がある人たちばかりではない。クーラーが効いていて涼しいからここにいるだけだ。ともすれば大金を持っている人の後をつけて行って強盗を企てている輩もいるのではないかと不安になる。

 

 少し多いが、8万円位だったか(?)をギニア・フランへと両替の依頼をした。窓口を2-3箇所たらい回しにされる。両替と書いてある窓口だからそこで全てが終わりやないの?

 

 1時間近くかかってようやく出てきた札束を見てビックリ仰天! 輪ゴムでとめた束が四つ。積み上げると高さ6-7cm位。これが全部一万円札だと600-700万円位だ!?  すごい大金持ちになったようだ。手に取るとクシャクシャの紙質で少しべたついている。素手で触るのが気持ち悪い。当然財布には入らない。紙袋をもらってカバンの中に入れた。カバンに入れるところを上述のような悪い輩に見られていないか辺りを見渡す(笑)  あまりいい気分のものではなかった。

 

 用は済んだ。出て行こうとすると外は土砂降り。スコールだ。通りから人が雨宿りをする為に銀行内に入ってくるからまた人が増えている。銀行に用事のない人のほうが圧倒的に多い。雨が止むまでまた1時間近く待たされた。両替だけで2時間… 日本ではあり得ない。同行してくれた現地の人も慌てるわけでもなくのんびりしたものだ。

 

第194話 親切過敏症

ギニア コナクリにて

 

[2009年6月 ギニア  コナクリ]

 

 空港ターミナルビルを出て、駐車場へ向かう。スーツケースを押しながら歩いていると、横から手が出てきて私が持ちましょうと言う。もうエエ!  触るな! 自分でやるからいい!  思わず大声で怒鳴っていた。

 

 同行していた人が、彼も迎えに来てくれた一人だからと大笑いする。この手の親切には過敏になっている(笑)。OS氏の弟が一人で来ているものと思っていたが、こちらが三人なので向こうも三人来ていたのだ。知らんがな、先に言うてや。

 

 そして、この手を差し伸べてくれたのは当時の駐日ギニア大使の弟さんでございました。飛んだ失礼をば。