第46話 悲しい親子連れ
[1991年4月 アイルランド]
このサッカーが始まる前、パブへ行く前、午前中は時間が空いてしまった。ホテルの近所を散歩する。人が多いとか混雑しているという印象はないが、サッカーの国際試合がある日というので既に首からアイルランド カラーである緑の応援マフラーを下げた人が歩いている。競技場はすぐそばに見えている。そこへ行く人もいるのだろう。街中でも既に盛り上がっている。
そんな明るい浮かれた雰囲気の中、少し暗い感じで親子連れと見える二人が手をつないでとぼとぼとゆっくり歩いて来る。小さな女の子とその手を引いた母親だろうか。子供は5歳くらい。近づいてみると身なりも少しみすぼらしい。すれ違おうかという時二人は立ち止まり、小さな女の子の小さな手が、小さな手のひらを広げてゆっくりと伸びてくる。こちらを見上げ、大きなかわいい目が物欲しそうに見つめている。言葉はない。母親らしき女性も無言でゆっくりと頭を下げる。
息が詰まりそうになった。時が止まり音もない白黒の世界に引きずり込まれたような感覚に陥った。
こういう時は何もあげてはいけないと中国で学んだ (第11話)。かわいそうだが、これが本当の姿かどうかも分からない。本当であるならば、誰でも同情してしまうだろう。しかし、こんな小さな子供を利用しているのなら許せない!
心を鬼にしてその場を去った。振り返ることはできなかった。